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広島高等裁判所松江支部 昭和27年(う)239号 判決 1954年12月13日

控訴人 被告人 和田末義 外二名

弁護人 松永和重

検察官 西向井忠実

主文

原判決中被告人らに関する部分を破棄する。

被告人らを各懲役三月に処する。

但し二年間右各刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は原審相被告人成相数夫と被告人らの連帯負担とし、当審における訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

弁護人松永和重の本件控訴趣意は別紙控訴趣意書記載のとおりであるからその主張するところに対し当裁判所は次のとおり判断する。

(一)  被告人らに汽車往来危険の犯意が存しないとの主張について。所論にかんがみ本件訴訟記録及び原裁判所の取り調べた証拠を精査し併せて当審において取り調べた証人石原孝一、岸慶及び長島兼吉の各尋問調書記載に当審実地検証の結果等を綜合考察すれば当裁判所としては次の結論に到達するものである。即ち、被告人らが原判示の第四及び第一の各ポイントをそれぞれ反位に切りかえたこと及びかようなことが一般的抽象的に言つて汽車往来の危険を生ずる行為であることは疑のない事実であるがそのことが果して本件の場合妥当するかどうかその際被告人らは如何なる意図或は認識のもとにかような作業に出でたかを検討する。当審における実地検証の結果によれば列車が朝山駅ホームにある場合その運転台に立てば前方須佐よりの第四ポイントが反位にきりかえてあることは明瞭に認識できるし又後方車掌台に立つて今市駅よりの第一ポイントを望めばそれが反位にきりかえてあることも認識し得る状況である。かような状況にあることは被告人らにおいて事前によくわかつていたし尚且列車の進行を阻止するためその前後には組合員多数が立ち塞さがり或は横臥し又は危険信号のための赤旗を出しておるのであるからこれらを無規して列車は絶対運行しないとの確心のもとに被告人らはポイント反位切かえの作業を行つたものであることが認められる。換言すれば、会社側がこれをも無視して列車を運行することは絶対なかるべく、被告人らとしてはかようなことは夢想だにもしなかつたのである。即ち、被告人らの意図するところはあくまで会社側の運転した列車の前進又は後進を阻止することにあつて列車往来の危険を生ぜしめようとの意図のなかつたのは勿論列車往来の危険を生ずるかもしれないとの未必の故意もなかつたものと認めるを相当とする。そうだとすれば原判決の認定した犯罪事実のうち汽車往来危険罪の点については被告人らにその犯意なく犯罪の証明なしとして無罪を言渡すべきものである。然るに原審これを有罪として認定処断したことは事実の誤認をおかしたものであり且その誤認が判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決はこの点においてとうてい破棄を免れない。論旨は理由がある。

(二)  業務妨害罪の成否に関する主張について。この点に関する当裁判所の判断は原判決が(弁護人の主張に対する判断)一、二、に説示するところと同一であるからここにこれを引用する。更に附言するならば、会社側が組合員のストライキに対抗する措置として列車を運行せんことを計画したこと、そのため各駅に非組合員たる要員を配置せんとしてこれらの者を本件列車に乗せ出雲今市駅を出発し出雲須佐駅に向う途中朝山駅に到着したこと、その際の本件列車の運転手長島兼吉車掌石原孝一は何れも従前組合員であつたが本件ストライキの際は組合に対し脱退届を提出していたこと、右列車が朝山駅に到着する以前にこのことあるを知つた被告人らは右列車の運行を阻止するため同駅より前方出雲須佐駅よりの第四ポイントを反位に切りかえこれに施錠し鍵は組合員において保管していたこと、右列車が朝山駅ホームに入るや同駅構内に多数集合していた被告人ら組合員は同列車の運行をあくまで阻止するためその前方線路上に十数人立塞がり或は第四ポイント附近線路上に横臥し更に危険信号のための赤旗をかざしたこと、更に被告人小村宏行は右列車の後退を阻止するため出雲今市駅よりの第一ポイントを反位に切りかえこれに施錠しその附近線路上に多数組合員が立塞がつたこと、そのため右列車は六時二〇分頃朝山駅構内に入つてより同日一〇時五〇分頃ストライキ中止に至るまで四時間半位その運行を阻止され、ために会社側の計画した非組合員による列車の運行ができなかつたことが認められる。本件においては被告人らの右所為は原判決の説示するとおり正当な業務行為でないことは明白であるのみならず、争議行為としても著しくその範囲を逸脱していて正当な争議行為と言うを得ないのは勿論、まさしく刑法第二三四条にいわゆる威力を用い人の業務を妨害したものに該当するものと解するを相当とする。弁護人は本件列車を運転した運転手車掌らは労働組合の組合員であり彼らは組合の権利を侵害するもので一の権利濫用であり又背後に会社の策動があるならこれは会社の不当労働行為であり之に対し組合が自衛行動として叙上の所為に出たことは正当であると主張する。然しながら会社の策動によつて運転手長島兼吉及び車掌石原孝一が組合員でありながら本件ストライキ当日組合に脱退届を提出するに至つたものであることについては記録上これを認めるに足る証拠なく又組合員たるこれらの者がストライキ当日組合に脱退届を提出することによつて組合員たる地位を失うか否かは別論として少くとも会社の命によりこれらの者が運行せしめていた列車を叙上のような方法によつてその運行を阻止することは組合の自衛行動であつて正当であるとする弁護人の論旨は採用し難い。弁護人は、更に、会社が暴力団を使用すると言う噂がとび被告人らはこれに恐怖しており且又スト破り組合員の裏切り行為には極めて大なるふんまんを感じており極めて緊迫した状態にあつたことは明かであるから、かような事態下特に裏切り組合員に対抗するため列車を阻止したことは寧ろ期待可能性のないものとすべきであると主張するが仮りに弁護人の主張事実をそのまま認容するとしてもその他本件訴訟記録全部によつて本件列車運行阻止の経緯状況を検討するも被告人らの所為を目して期待可能性のないものと断ずることはとうていできない。弁護人の論旨は採用するを得ない。

よつて刑事訴訟法第三九七条を適用し原判決を破棄し同法第四〇〇条但し書により被告事件について当裁判所は次のとおり判決する。

一、被告人等の地位

被告人等は、いづれも島根県出雲市に本社を置き出雲市より同県飯石郡西須佐村を結ぶ鉄道並びに出雲市を中心とする乗合自動車による貨客の運輸事業を営む出雲鉄道株式会社(以下単に会社と称する)の従業員で、同会社従業員の大半(本社部一二名、自動車部一七名、鉄道部五四名、計八三名)を以つて組織し、全日本私鉄総連及び同中国地連に属する出雲鉄道労働組合(以下単に組合と称する)に属し、且つ被告人和田及び同青木は同組合の幹部として組合活動に従事して来た。

二、争議の発生とその成行

ところで、右会社従業員の退職金支給条件が私鉄総連の獲得したそれに比較して著しく劣つていたので、組合は昭和二五年四月開かれた組合定期大会において退職金規程改訂を附議決定し、同年五月一三日会社にその要求をしたが、会社は右改訂の延期を申し入れたので、組合は右回答を不満として団体交渉を開く様申入れ、六月二九日開いたが、双方の互譲なく決裂した為、七月二八日島根県地方労働委員会(以下単に地労委と称する)に調停の申請をした。地労委は右申請を受理し、八月二一日以後数回調停委員会を開いたが、双方共態度強硬で容易に調停案を容れる見込みなく難航を極めた。

この間右争議に際し原審相被告人横木は闘争委員長に、被告人和田は副闘争委員長に、被告人青木及び原審相被告人錦織は闘争委員に各就任して争議の指導に当つて来たが、八月下旬組合員の一部(本社部及び自動車部全員)は組合の方針、幹部の施策に反対して脱退を表明し、別に従業員組合を結成したので、組合はこれらの者に対し組合員としての権利停止を行い(これらの者はストライキ不参加)、一方九月一〇日過頃鉄道部全員で組合臨時総会を開き同月一八日午前零時を期して二四時間ストに入る旨を決議し、同月一五日会社に対しその旨通告した。

ところが同月一六日会社側は列車一輛を出雲須佐駅から出雲今市駅へ回送し、且つ一八日に運行する出雲須佐始発四往復の臨時ダイヤを発表したので、予ねてから予想されていた様にスト当日会社側が右列車を運行させることが決定的になつたので、同日夕刻被告人和田、同青木は原審相被告人横木その他全役員と共に集り、会社側が右列車を出雲今市駅より運行させることは運転方式に違反するものであり、且つストの切崩し策であるから若し運行された場合はこれを阻止することに決め、更にその具体的な方法について協議したが最終的且つ決定的な具体策は決定しなかつた。

三、本件犯行の共謀と実行

翌一七日夜、被告人和田、同青木、同小村他組合員数十名は朝山駅舎内に集つて列車阻止の具体的方法について協議を続け、結論として出雲今市駅より来た列車を朝山駅で阻止すべくその方法として予め同駅出雲須佐寄りにある第四ポイントを反位に切替えた上施錠しておき列車が同駅に入れば出雲今市寄りの第一ポイントを反位に切替えて施錠し、更に右の施錠を看守すると共に列車の運行をあくまで阻止するため数名の者を右ポイント附近に配置して会社側をして同駅に入つた列車の運転継続を断念するの余儀なきに至らしめることに決定した右の共謀に基いて翌九月一八日午前零時頃、原審相被告人成相は右第四ポイントを反位に切り替えた上鎖錠を施して待機するうち会社側は組合側のストによる列車運行停止に対処する為、前記出雲今市駅に廻送していた「キハニ第一号」ガソリン動車を更に出雲須佐駅に廻送し、予め編成公表していたダイヤに従い午前七時同駅発列車として運行すべく、右ガソリン動車に同会社常務取締役栗原幸四郎、同会社運輸課長岸慶他非組合員等十数名が乗車し、運転士長島兼吉が運転して午前六時出雲今市駅を出発、同六時二〇分頃朝山駅構内に入り一旦同駅ホームに停車して間もなく出雲須佐駅に向つて発車したところ、被告人和田、同青木、同小村は他の組合員十数名と共に危険信号用の赤旗をかざして右列車前方線路上に立塞がり、或は第四ポイント附近線路上に横臥して列車の運行を阻止し、更に被告人小村は第一ポイントを反位に切替えて鎖錠を施し、更に他の組合員十数名と共に右列車後方線路上に立塞がり出雲今市駅へ引返そうとする右列車を阻止し、同日午前一〇時五〇分頃スト中止に至るまで右列車を朝山駅に停車するの止むなきに至らしめ、以つて威力を示して前記会社の業務を妨害したものである。

右事実を認定する証拠は原判決挙示の証拠のとおり。

法律に照すと被告人らの判示所為は刑法第二三四条第二三三条第六〇条に該当するところ、所定刑中各懲役刑を選択しその刑期範囲内で被告人らに対しそれぞれ主文掲記の刑を量定処断し情状により同法第二五条を適用し二年間右各刑の執行を猶予することとし、原審及び当審訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一八二条に従い主文掲記のとおり被告人らをして負担せしめる。

本件公訴事実中被告人らが前叙認定のような共謀に基き前叙認定の日時場所において前叙認定のような方法で汽車往来妨害の危険を生ぜしめたとの点については被告人らの犯意の点につきその証明がなく無罪であるけれども前叙認定の業務妨害の所為と一所為数法の関係にありとして起訴せられたものと認め特に主文において無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平井林 裁判官 藤間忠顕 裁判官 高橋正男)

弁護人松永和重の控訴趣意

一、原審判決のとる基本的態度の誤りについて。

(イ) そもそも労働争議は既存の支配的な市民法秩序と之に矛盾的対立的な法秩序としての労働法秩序が直接的な形態に於て対立し抗争している「場」なのであり、これ等二つの法秩序に於ける矛盾と背反をもつとも端的に露呈している相剋の形式なのである。従つてこの「場」に対し労働法秩序を押付けることが無理であると同様に市民法秩序特にその一環たる刑法をそのまま無反省に適用することも之、又正しい態度とは申されない。ところでその正しい態度が如何なるものであるかは別として原判決がこの点についていささかでも考慮をめぐらし或はその判断について苦心を重ねた形跡のないことは誠に遺憾に堪えない次第である。例へば原判決は次の如くいつている。前略………組合のストライキに対処する手段としてストライキ当日は会社の有する公共的使命にかんがみ最少限度ながら旅客列車を運転して一般乗客の便宜を計るべくストライキ参加者の手を借りずに列車を運転することを決意し、ストライキ不参加従業員を使い、ガソリン動車一輛を仕立てて出雲須佐駅始発の一日四往復の旅客列車運行をするためストライキの前々日出雲今市駅に廻送していたガソリン動車を、ストライキ当日更に出雲須佐駅に廻送せんとするに至つたものであることを認めることができる。そうだとすれば会社のした右ガソリン動車運行は会社の経営権の行使として正当なことであるから被告人等(被告人横木同錦織を除く)が判示の如き手段方法でストライキ当日における右列車の運行を阻止したことはたといそれが会社側の悪らつなスト切崩し策に対する防衛措置という見解動機のもとになされたとしても正当な争議行為の範囲を逸脱したもので争議権の濫用といわざるを得ない云々。弁護人は右会社の行動が「会社の経営権の行使として正当なことである」ことを必ずしも認めないのではない。然し同時にこの会社のスト切崩策に対し組合が判示の如き手段方法で防護策を講ずることは「組合の争議権の行使として正当なこと」であることを主張したのである。即ち弁護人の提起した問題は会社の行動がその経営権の行使として正当であるかどうかでなくてこの所謂正当なスト切崩策と之に対抗し、そしてそれ自体は正当であるところの組合の防衛措置(ピケツチング)という二つの相対立する行動の中に如何にして正当性の限界を見出すかというところにあつたのである。

(ロ) ところで市民刑法的な反正当性と労働法的正当性は同一平面上に並列さるべき同一的且同質的意味内容を持つ概念ではない。いうまでもなく市民刑法においては抽象的一般的に理念化された人-平均的な定型化された任意の市民を想定しその権利や利益を形式的な平等性において保護するということをたてまえとして構想されることを、言葉をかへていえば刑法の命令禁止規定の受領対象は全く抽象的普遍的な人格即ち同質にして同等な一般的人格であり保護さるべき法益もまた同質にして同等な共通的利益であることを仮設する。ところが労働法の場合はこれと異り現実の資本制生産社会の下で現に位置づけられて生活しておりその具体的な個別的な人間-資本制生産関係のもとにおいて階級関係として構成された従属的労働関係のもとにおかれ且人間の自由さえ他律的に拘束され人格的支配を余儀なくされているような階級的人間としての勤労者をとらえその勤労者の団体的階級的法益を保護の対象とするのである。従て労働法に於てはもはやすべての人は同質にして同等な普遍的人格であるとの仮説はとらないと同時にそこにはすべての人に共通的な同質にして同等な法的価値なるものも存在し得ず合法違法の法的評価即ち正当性の本質こそはじつに勤労者のための団体的階級的法益であるのである。尤も労働法といえども市民法秩序の一領域に組入れられているものであるからその一般的制約を免れぬものであるから労働運動にたいする市民刑法的価値評価を全く拒否することは許されないところであるがそれにも拘らず労働法的正当性と市民刑法的正当性とはただ単なる形式的関連性を持つに過ぎずして本質的には-歴史的にも法的にも次元を異にした意味内容をもつ概念であることは注意しなくてはならないことである。

(ハ) ここにおいてわれわれは我国の憲法がこの問題についてどんな志向をもつているかを考えて見る必要がある。これについて少くとも現行憲法は労働者の自主的な組織によつて労使の間に事実上の対等関係を樹立させ、これによつて全体としての秩序を全うしていくと共に一面労働者の生活権を自主力によつて守つていくことが同時に又国の生産力の向上となり公共の福祉を実現する基礎となるという論理構成を持つていること並にそのために争議権に対しては可能な限りの放任主義をとり国家中立主義の徹底をしようとしていることについて何人も疑を挾む余地がない。ところで憲法がその第十八条の外に特に第二十八条を設けたという点から考えると憲法は勤労者に対して結社権或いは法の前における平等又は強制労働を受けないとかいうような自由権の外に更にいわば生存権的な権能を与えていると解釈しなければならない即ち自由権プラスエトヴアスということになる。今このエトヴアスについて法律自身が自ら規定しているところの刑事免責、民事免責、不当労働行為について考えるならばこれがどの程度エトヴアスとしての意味を持つかというとそれが正当性の限界というものが大きく問題となつてくるのである。それであるからして正当性の限界という問題は市民法秩序の自由権のみから定めるという立場(原判決はこの立場をとつている)から決定さるべきではなくて更に進んで前述のような憲法がこのように争議権を認めるという目的論的解釈から出発してきめられなくてはならないと思うのである。ところでこの決定の基準になるものは何かそれは当然憲法の指向する諸原則特に事実上の労使対等の原則ということにならなくてはならない。

二、本件に対する労働争議の基本的原則の適用について。前項に述べた基本的原則を本件に適用した場合どうなるか。

(イ) まづ第一に注意すべきは、本件は労働争議としてなされた組合活動の一環であることである。

労働争議に伴う犯罪であつても単に争議に際して偶発的にまき起された刑事事件は一般の刑事事件と区別する実益は少い。然し本件のように予め計画され且実施された組合の争議行為については種々の点について一般と異る特色を持つている。例えば吾妻光俊教授判例労働法「労働争議論」に引用された労働刑事事件三十四件(同書末尾判決要旨集参照)について見るとその大部分は業務妨害生産管理及ピケツテング等の所謂正当性の限界に関する事件であつてそれ以外は一時の興奮状態に起因する偶発的犯罪であり放火、往来危険等それ自体違法性の明白な事犯は皆無である(尤も溢水危険罪が一件あるがこれは控訴審で無罪となつている尚この事件は参考になるので次項に詳述する)。これ労働犯罪の犯人は悪性を持たずただ争議の正当性の限界に関する解釈の相違から犯罪とされるものが多くその犯意は業務妨害以上に出てないことによるのである。この特異性は判決の結果にも表われていて執行猶予が十七件、無罪(公訴棄却をも含む)七件、罰金二件であり実刑は政令第二〇一号違反が一件と組合員外の暴力行為が一件あるのみである。このような労働犯罪の特異性は事実処理について特に注意を要するところであるのに拘らず原審判決はこれについて何等の考慮を払つていない。次にその一つ一つについて議論を進めることにした。

(ロ) 本件について最も問題となるのは汽車往来の犯意についてである。これについて各被告人は何れも列車に立塞り又は赤旗掲出により止める計画であつてポイントは暴力団等がこれ等を実力で排除して無理に列車を進行させようとする場合にその企図を断念させる目的のためにのみ備えたと弁明したのであるが原審の裁判長はこれを把えて「それはポイントの上を通ると脱線するぞということを列車に知らせてそれで以て断念させたのであろう」と鋭く問詰めこれを承認せしめた(第六回公判和田証人証言、成相、小村被告人供述)。

これに関する参考として井革江奔別鉱業所事件の場合をとつてみよう、この事件は執行委員長が排水の保安施設要員をストに参加せしめたため刑法第百二十三条の罪に問責されたのであるが被告人は事前に之を会社に通告すると共に保安確保について職員組合及臨時従業員にもその事情を説明してあつて保安要員引上後も保安が確保されることを信じていたと弁解した。これに対する昭和二十四年九月二十九日札幌高裁はその判決において右犯罪の成立するためには具体的に溢水又は溢水の危険があることの認識を必要と解するを相当とする。従つて被告人等が弁解する如き事実ありとすれば溢水又はその危険あることの認識がなかつたことになり本件犯罪は成立しないこと勿論であるとして「かれこれ考えかつそれ等を被告人等の当公判廷に於ける供述態度並びにその態度よりうかがえる被告人等の思想傾向が比較的穏健であつた事実いづれも相当数の家族を抱え思慮分別あるべき年齢に達し居る事実及びこれ等の事実より推して当然永く鉱山に生きそれ故にこそ鉱山を愛する鉱山労働者であると考えられる被告人等が団体交渉により飢餓突破資金の名目はともあれよりよき生活を希求するため会社に対し待遇改善を要求しながらかえつて自らの手により坑内に溢水せしめて鉱山を破壊し自ら自己の糧道を絶つような自殺的行為に出ずるとは到底考えられぬ事実を勘案するときは被告人等は当時保安従業員を引上ても職組の方で保安の確保をすることについて十分の確信を懐いていたかの如くうかがわれ」また「犯意を認むるに十分の確証もないから本件公訴事実は犯罪の証明がないことになる」と説示している(吾妻教授前掲五十六項)。

弁護人はこの札幌高裁の態度を前記本件の原審裁判長の態度と比較せざるを得ないのである。元来本件について被告人等が本件を企図したのは横木委員長錦織書記長が運転法規を研究の結果本件列車は違法運転であるので止めてもよいという結論が出たからであり被告人等は現在に至る迄犯罪にならないという確信を持つていることは原審に於ける検察官も論告中情状の一として論じている如くである。そうであるとすれば人命に直接危険を含む汽車往来の危険を被告が認識していたと断ずることはそこに大分の無理があるからこそ原審裁判長も前述のような詰問をして言質をとつたのであらうけれどもこの態度は理屈に過ぎて真相を去ること遠いのである。犯罪が公共危険罪であること組合の組織的労働争議としてなされたこと被告人が適法たる確信を持つていること及び被告人が温厚なる人物たることに於て本件と井革江奔別鉱業所事件は極めてよく似ているのであるが労働事件の本質をよく理解するにおいては札幌高裁の方が遥かによく真相を把え妥当な判断を下していると考えられるのである。

(ハ) 次に本件列車を運転した労働者が被告人等の属している組合の組合員であるかどうかについては原審判決は全く無視しているけれども之を労働争議として見るならばこの点が重大な問題となるところである。由来労働組合は組合員の労働力を排他的独占をしその労働力を統一的な意思によつて使わなくてはならない。この意味からして組合が有する労働力の排他的独占は一つの権利でありそれ自体法律により保護されていなくてはならぬ。特に本件に於てはスト決行については大会に於て全員の同意を以て決定され昭和二十五年八月十六日立久恵に於ける委員会で闘争中に限り脱退を認めないことを決議しているのに拘らず(第六回公判和田証人証言)一部組合員は恣に組合の統制を離れ同志を裏切り組合のスト破りをなすことを目的として本件列車を運転して来たのである。これを見ればこのスト破り組合員の行動は前記組合の権利を侵害するもので一つの権利の濫用に外ならず又その背後に会社の策動があるならばこれ会社の不当労働行為であつて之等に対し組合が自衛行為を起すのは当然なし得るものである。判例はこの場合に於てもピケツテングは説得の範囲に止まらなくてはいけないという考が多いようであるが果して本件の場合スト破り組合員は説得で飜意するような状勢にあつたかどうか、又その当時組合はどのような窮況にあつたか又組合は会社側の暴力団を非常に恐れを抱いていたようであるがそのようなことが真に期待されるような状況にあつたかどうかまで判断しないと本件の正しい判断は出て来ない。

(ニ) 原判決の態度は本件を統一された組織行動として把握しようとはせず各個別に分解された個別行為に対して直ちに刑法の適用を論じこれにより犯罪的違法判断を加えているのであるがこのような個別的違法判断は現実には全体としての労働運動を犯罪視することになるのである。労働刑事事件に於てはまづその行為が組合の組織行動であるかどうかを判断しこれが先づ組織行動であるとするに於て始めて以上述べたような諸条件を綜合検討その行為が正当性の限界内にあるかどうかの判断に進みその限界を超えることを確定した後に於て刑法の適用に入るべきである。

以上の所説は、討論(労働法)一九五六年第四号、熊倉教授争議権と刑罰権の相。有泉教授労働争議の制限について。同第七号、沼田教授ピケツト権について。法律時報同十一月号、熊谷教授労働関係にあらはれた刑事犯罪。労働旬報百号、熊倉教授正当防衛と組合運動。有泉教授争議権という権利。による。

三、原審判決に於ける事実認定の誤りについて。

(イ) 本件についてスト破りをした運転手長島兼吉車掌石原孝一等は未だ組合員の地位を有しており本件スト破りは組合に対する義務違反である。これについては原審判決は判断を与えていないが組合は八月十六日闘争中は組合員の脱退を認めないという決議をしておるのみならず争議に際し規約を無視して脱退することは権利の濫用であるから本件スト破りは右長島等の組合に対する義務違反であることは当然である。(第六回公判和田証人証言、第七回公判横木被告供述)

(ロ) 会社は第一組合の分裂と第二組合の育成について積極的に介入し第二組合を利用して本件スト破りをしたものである。これについても原審判決は判断を与えていないが会社幹部特に栗原常務は第二組合の執行委員長吉田富義と連絡し組合の切崩しに狂奔しこれ等脱退者をして本件スト破りを実行せしめたこと明白である。(第七回公判横木被告供述六百四十丁)

(ハ) 組合は会社が暴力に訴えることを予想し極めて緊迫した感じを持つていた。これについても原判決は判断を与えていないが右の事実は和田末義の検察官に対する第二回供述調書及第六回公判での同人の供述から明瞭に看取されるところである。

(ニ) 原審判決事実第三項本件犯行の共謀と実行中には、………前略間もなく出雲須佐駅に向つて発車したところ被告人和田及青木、同成相、同小村は他の組合員十数名と共に右列車前方線路上に立塞り或は第四ポイント附近線路上に横臥して列車の運行を阻止しとあるが、これは誤認であつて、天喰弘が赤旗を掲出すると共に被告人和田、同青木、同成相、同小村は他の組合員十数名と共に右列車前方線路上に立塞り或は第四ポイント附近線路上に横臥して列車を阻止したのが正しく(長島証人天喰証人証言)、又その次に、更に被告人小村は第一ポイントを反位に切替えて鎖錠を施し出雲今市駅へ引返そうとする右列車を阻止し………云々、とあるがこれ又、更に被告人小村が第一ポイントを反位に切替えて鎖錠を施すと共に赤旗を掲出し出雲今市駅へ引返そうとする右列車を阻止したのが正当である(岸証人の左記証言並に写真第五参照)。問「この写真で赤旗を振つている男は顔がよく見えないのですが証人は誰か判りますか」答「帽子の恰好顔の輪かく等によつて小村宏行だと思います。」

(ホ) 被告人等は赤旗を掲出して列車を停止せしめたものである。原審判決は列車阻止の手段として被告人等の立塞り、横臥、ポイントの切換えを挙げ赤旗の掲出を認定していないが直接列車を停止せしめたものは天喰弘及小村宏行の赤旗掲出でありポイント切換えは単に暴力団等による施行手段を封止するためであつたことは前項引用の証拠及び説明から明かである(長島証人証言参照)。

四、原審判決に於ける法律の適用の誤りについて。

(イ) 原審判決は被告人等がポイントを切換えたことを以て危険を作為したと認定しているがこれは誤りである。

ポイントは本来転てつを使命とするものであつて平素責任者の下に常に動作が行われるものである。運転心得を見てもポイントの動作を禁止する場合についての規定はどこにも見出すことができないのみならず特に朝山駅は通票所在駅であつて(会社は全線を一区間としたというけれどもそれは被告人等の知らざるところである)当然列車の停車が期待されておるのであるからしてこのような正規の赤旗を掲出した後ポイントを動作することは危険現出となりうべきでない。これは踏切に於ける交通遮断機と全く同じことである。即ち遮断機を降すことは遮断を無視して暴走する自動車に対しては転覆の危険を生ずるであろうけれどもこれが交通上の危険を発生したといふことになるとは社会通念からしていうことが出来ない。即ちこの場合は刑法第三十五条により違法阻却原因でなくて危険そのものがないのである(この場合遮断機降下に関する規定は交通危険を生じない程度に厳格に規定されている)。原審判決が危険発生を認めたのは所謂素人のカンに過ぎなくて鉄道保安の権威者である細見与重郎証人は明かに鉄道常識上危険ではないと証言しているからこれについての原審の判断は誤りである(記録六二九丁参照)。

(ロ) 原審判決は本列車の運行が運転方式に違反していたことを認めた上「運転方式に違反する列車の運行は絶対に許されず若し違法の列車が停車場に到着した場合には勤務中の駅長又は駅員はこれを正規の運転方式に適合する様に是正しそのまま発車せんとする場合にはその列車を停止させるべき義務があること」を認めながら勤務外の関係職員並びに第三者については「運転方式に違反していることから脱線衝突等の事故を生ずる明らかなおそれがあると認められる場合」にのみ右の如き処置をとるべき義務があると認定した。

茲に於て疑問となるは勤務中の駅長又は駅員が列車を停止せしめるのは単に運行方式に違反するが故でなくて違反あるために列車運行の危険が認めらるるから停止せしめるのである。即ち運行方式違反即ち危険の存在なのでありこれ運転心得の原則である(同第五百十五条同五百十六条同二百十七条同二百五十四条参照)。これが何故これを勤務外の従業員がやれば犯罪となるかということである。このことは変電所の火災警報装置と同じことであつて警報装置の鳴動があれば直ちに変電所員は電気のスウイツチを切るという規定があればそれは単にその装置の鳴動のみで切らねばならぬのである。鳴動のその上に更に真に火災の発生があるかどうかを確める必要はない。ところでこの場合変電所員がたまたまストに入つていた場合には鳴動があつても「スウイツチ」を切らなくてもよいのかどうか鳴動があつても更に「明白且つ現在の危険」を確めなくてはスウイツチを切れないのかどうか。これを切らないでいたために火災が発生した場合右スト中の所員について不作為による放火罪は成立しないかどうか。

(ハ) 仮りに百歩を譲つて勤務外の従業員に列車停止の義務がないにしても被告人等は朝山駅の職場を占拠していたのであつて(所謂シツトダウン)そこには通票も使用出来る状況にあり駅助役その他の従業員被告人等も職場にいたのであるからこのような場合は完全に職場を離脱した場合とは趣を異にするものがあるのであるまいか。少くとも防火物品の管守危険の防止等については当義務を負担すると解すべきではないであろうか。

(ニ) 更に本件列車の運行に危険はなかつたであらうか否か。本件列車は会社のダイヤにも掲記されていず且法規に許された最高速度毎時十五粁(運転取扱心得第三百十六条)で運行しても須佐駅には七時十五分以前に到達することは出来ないから会社ダイヤによる七時須佐駅発列車と衝突する筈である。その上当時駅構内の装置運用の責任をもつ駅員は現存せず且線路保安の責任を持つ保線区員は十三名中十二名がストに入つていたのであるからこれらを無視して列車を運行することは違法であり危険である。このことは権威者である細見与重郎証人が明かに証言しているところである(同証人証言六百二十五丁六百二十六丁横木被告第七回公判に於ける供述六百三十八丁)。

(ホ) 本件について期待可能性はなかつたであらうか否か。本件被告人は横木委員長、錦織書記長の法規研究の結果からこの列車を止めることは合法的であるということを確信し且これを基礎として朝山駅で職場会議で討議した上その決定に従い行動したものである。当時会社が暴力団を使用するという噂が飛び被告人等はこれに恐怖しており且又スト破り組合員の裏切り行為には極めて大なるふんまんを感じておつて状況としては極めて緊迫した状態にあつたことは明かである。このような事態下特に裏切組合員に対抗するために列車を阻止したことは寧ろ期待可能性のないものとすべきではなかろうか。三支炭鉱事件は本件と極めてよく似た事件であるがその控訴審ではこの理論をとつている(福岡高裁二四、三、一七、刑事裁判資料四八号)。

結論 以上検討したように本件は労働組合の組織的行動であるから通常の場合は労組法第一条第二項により免責さるべきものである。

よつて判決としては本件行為が争議の正当性の限界にあるかどうかをその先づ以て決定せねばならないのであつてこれが又労働事件としては最も重要な作業であるのである。

本件は所謂ピケツテングに属するものであつて労働刑法に於ても最も困難な問題の一つではあるが原審判決はすべからく正面からとり組むべきであつた。それを無理に通常の事件の如くに解しようとしたために極めて歪んだ判決となつたのは遺憾である。御庁に於ては以上所論を御理解の上公正にして妥当なる御裁判を願うものである。

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